2016年5月22日日曜日

『論考』(ヴィトゲンシュタイン)【メモ】

論理哲学論考(ヴィトゲンシュタイン)岩波文庫 野矢茂樹訳
(もう少し詳しい内容は別のブログ「爺~じの名著読解」に掲載した)

ハニーブーケ
「およそ語られうることは明晰に語られうる。語りえぬものについては沈黙せねばならない。哲学の諸問題は、われわれの言語の論理に対する誤解から生じている。私は、問題はその本質において最終的に解決されたと考えている。」と述べ、哲学を棄てて小学校の先生になった。著者が30歳にもならない頃のことである。だが晩年、この『論考』を乗り越えて『探究』を著した。
「およそ語られうることは明晰に語られうる」部分は、一言で言えば、「世界は事実の総体で、真偽を決めることの出来る命題ですべて記述できる」というものである。その記述は、当時の論理学を批判しながら立てた自分の論理学を用いて綿密に語られたものだが、その内容は、論理の構造を含めてコンピュータの世界と酷似している。ユニークなところは、要素命題と呼ばれる独立した基本命題があって、そこからすべての命題は導かれることになっているのだが、その要素命題は、具体例は挙げることは出来ないけどその存在は「要請される」と考えているところ。つまり、人間の世界が対象なのだ。
記述には多くの記号や式が書かれていて難儀するが、論理学に素人の私がポイントをつかみ取るには、記号論理学の教科書ではなくて、数学入門書での集合論と論理を読む方が役に立った(裏技)。因みに要素命題数がn個なら、世界を記述する命題総数は個と計算で限定されている。

本書では、「世界と生とは一つである。私は私の世界である。世界の意義は世界の外になければならない。幸福な世界は不幸な世界とは別物である。梯子をのぼりきった者は梯子を棄てねばならない。」などと、「語りえぬものについては沈黙せねばならない」ところを語ってしまっているが、謎めいた箇条書きで綴られたそれらの文章が、かえって妖しい魅力すら漂わせている。だが、『論考』の魅力は、序で述べられている「哲学の諸問題が言語の論理に対する誤解から生じている」という問題意識に対する、一つの回答として読めることだと思う。

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